修学旅行③
2026/05/30
明治時代の修学旅行
明治時代の日本は、「近代国家」を目指していました。
そのため教育では、
- 集団行動
- 規律
- 忍耐
- 愛国心
などが重視されます。
当時の修学旅行は、現在よりもかなり厳格でした。
例えば、
- 長距離を徒歩で移動
- 時間厳守
- 軍隊式の整列
- 団体行動の徹底
などが当たり前。
現在のような「自由時間」はほとんどありません。
また、交通機関も発展途中だったため、移動そのものが大変でした。
しかし逆に言えば、だからこそ「旅そのもの」が大きな学びだったのです。
大正時代〜昭和初期の修学旅行
大正時代になると鉄道網が発展し、修学旅行は全国へ広がっていきます。
この頃から、
- 京都
- 奈良
- 伊勢
- 東京
などが定番コースになります。
また、「団体旅行」という文化も定着していきました。
現代では当たり前の「学校単位で移動する旅行」は、当時としてはかなり珍しいものでした。
そして昭和初期になると、修学旅行はさらに“国家教育”的な意味合いを持つようになります。
戦争へ向かう時代の中で、
- 忠誠心
- 規律
- 団体意識
を育てる目的も強くなっていきました。
そのため、軍港や軍事施設の見学なども行われていました
戦後、日本の修学旅行は大きく変わった
第二次世界大戦後、日本の教育は大きく変化します。
戦前のような「国家のための教育」から、
「個人を大切にする教育」
へと方向転換しました。
修学旅行も同じです。
戦後の修学旅行では、
- 平和学習
- 民主主義教育
- 地域文化の理解
- 仲間との協力
などが重視されるようになります。
この時代から、広島や長崎への平和学習も増えていきました。
戦争の悲惨さを「実際に現地で感じる」ことが大切だと考えられたのです。
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